GoRoute+ > 単元一覧 > 中2 社会 > 鎌倉時代
中2 社会(歴史)「鎌倉時代」の問題・一問一答
定期テストや高校入試によく出る内容を、オリジナルの問題で練習できます。下の問題は「答えと解説を見る」を押すと答えが出ます。
- 鎌倉幕府の成立
- 執権政治と承久の乱
- 武士と民衆のくらし
- 元寇と幕府の滅亡
- 鎌倉文化と新仏教
問題の例(16問)
基礎1185年、源義経らの活躍によって平氏が滅ぼされた戦いを何といいますか。
答えと解説を見る
答え:壇ノ浦の戦い
現在の山口県下関市の沖で行われた。平清盛の孫である安徳天皇も、このとき海に沈んだ。
基礎念仏をとなえれば、だれでも極楽浄土に生まれ変われると説き、浄土宗を開いた僧はだれですか。
答えと解説を見る
答え:法然
弟子の親鸞は、この教えをさらにおし進めて浄土真宗を開いた。
基礎1232年に北条泰時が定めた、武士の裁判の基準となる法を何といいますか。
答えと解説を見る
答え:御成敗式目
51か条からなり、頼朝以来の先例や武士の社会の慣習をもとにしている。
標準元の皇帝が日本に服属を求める使者を送ってきたとき、これを退けて元軍との戦いを指導した鎌倉幕府の執権はだれですか。
答えと解説を見る
答え:北条時宗
8代執権。文永の役・弘安の役の二度の元軍の襲来を退けた。
標準鎌倉時代の武士の家で、一族をまとめ、戦いのときに一族を率いた家の長を何といいますか。
答えと解説を見る
答え:惣領
惣領以外の子は庶子とよばれ、領地は子どもたちに分けて相続された。
標準鎌倉幕府に置かれた役所のうち、御家人を取りまとめ、軍事や警察の仕事を担当した役所を何といいますか。
答えと解説を見る
答え:侍所
このほか、財政などを担当する政所、裁判を担当する問注所が置かれた。
応用承久の乱で上皇方についた貴族や武士から取り上げた領地は、主にどこの御家人に恩賞として与えられましたか。漢字2字の地方名で答えなさい。
答えと解説を見る
答え:東国
東国の御家人が西国の地頭に任命されたことで、幕府の支配は西日本にまで広がった。
応用1333年に鎌倉を攻めて北条氏を滅ぼした、上野国(群馬県)の武士はだれですか。
答えと解説を見る
答え:新田義貞
同じころ、足利尊氏は京都の六波羅探題を攻め落としていた。
基礎平氏をたおすために伊豆で兵をあげ、のちに鎌倉に幕府を開いたのは( )である。
答えと解説を見る
答え:源頼朝
父の源義朝が平治の乱で敗れたあと、少年時代に伊豆に流されていた。1180年に兵をあげた。
基礎源頼朝の弟で、一ノ谷・屋島・壇ノ浦の戦いで平氏を破ったのは( )である。
答えと解説を見る
答え:源義経
戦いで活躍したが、のちに頼朝と対立し、奥州藤原氏のもとに逃れたが攻められて自害した。
基礎将軍を補佐する役職で、北条氏が代々独占したものを( )という。
答えと解説を見る
答え:執権
初代執権は頼朝の妻の父である北条時政。この役職を中心とした政治を執権政治という。
基礎源頼朝の妻で、頼朝の死後に幕府の政治を支え「尼将軍」とよばれたのは( )である。
答えと解説を見る
答え:北条政子
頼朝の死後に出家して尼になった。父は初代執権の北条時政。
基礎鎌倉時代の武士は、周りに堀や塀をめぐらした( )に住み、領地を経営した。
答えと解説を見る
答え:館
館の近くに田畑を持ち、農民を使って耕作させた。
基礎鎌倉時代の武士の領地は、子どもたちに分けて相続させる( )が一般的だった。
答えと解説を見る
答え:分割相続
女性にも領地が分けられ、女性の地頭もいた。
基礎13世紀にモンゴル民族を統一し、モンゴル帝国を築いたのは( )である。
答えと解説を見る
答え:チンギス・ハン
モンゴル帝国はその子孫の代に、東はアジアから西はヨーロッパにまで広がった。
基礎チンギス・ハンの孫で、国号を元と定めて中国を支配したのは( )である。
答えと解説を見る
答え:フビライ・ハン
都を大都(現在の北京)に置いた。日本に何度も使者を送って服属を求めた。
GoRoute+ では、この単元の基礎・標準・応用の問題を解くと、まちがえた問題が「間違いノート」に残り、テストの日から逆算した毎日の学習ルートに組み込まれます。
続きの問題を解く