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中1 社会(歴史)「平安時代」の問題・一問一答
定期テストや高校入試によく出る内容を、オリジナルの問題で練習できます。下の問題は「答えと解説を見る」を押すと答えが出ます。
- 平安京と政治の立て直し
- 摂関政治
- 国風文化
- 武士の成長と院政
- 平氏の政治
問題の例(16問)
基礎794年、桓武天皇は都を今の京都市に移した。この都を( )という。
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答え:平安京
784年にいったん長岡京に移したが、10年後に平安京へ移った。以後、鎌倉に幕府ができるまでの約400年を平安時代とよぶ。
基礎11世紀の初めごろ、宮廷に仕えた紫式部が書いた長編の物語を何といいますか。
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答え:源氏物語
光源氏を主人公に、貴族の恋愛や生活をかな文字でえがいた。紫式部は藤原道長の娘・彰子に仕えていた。
基礎1167年、平清盛は武士として初めて朝廷の最高の役職である( )に就いた。
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答え:太政大臣
太政大臣は律令で定められた最高の官職。清盛は一族を高い官職につけ、平氏が政治の実権をにぎった。
標準天皇が幼いときに政治を代行する役職と、成人した天皇を補佐する役職を、藤原氏が独占して行った政治を何といいますか。
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答え:摂関政治
幼少時の代行役が摂政、成人後の補佐役が関白。2つの役職名から一字ずつ取って摂関政治とよぶ。
標準白河天皇は位をゆずったあとも、上皇として住まいの御所で政治を動かし続けた。上皇の御所の呼び名から、この政治を何といいますか。
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答え:院政
上皇の住まいを「院」とよんだことから院政という。1086年に白河上皇が始めた。
標準唐から帰国したあと高野山に金剛峯寺を建て、真言宗を広めた僧はだれですか。
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答え:空海
空海は804年の遣唐使とともに唐に渡り密教を学んだ。最澄の天台宗とともに、山奥の寺で修行する新しい仏教だった。
応用10世紀前半に関東で反乱を起こした平将門と、ほぼ同じころに瀬戸内海で反乱を起こした人物はだれですか。
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答え:藤原純友
2つの乱は承平・天慶の乱とよばれる。朝廷は武士の力を借りてしずめ、武士の実力が認められるきっかけになった。
応用平清盛が宋との貿易のために修築した、今の神戸市にあった港を何といいますか。
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答え:大輪田泊
清盛は瀬戸内海の航路を整え、宋銭や陶磁器・書物などを輸入した。航海の安全を厳島神社に祈った。
基礎桓武天皇は、784年にまず( )に都を移し、その10年後に平安京へ移った。
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答え:長岡京
長岡京は今の京都府向日市・長岡京市あたり。造営の責任者が暗殺されるなど不吉なできごとが続き、短期間で移された。
基礎平安京へ都を移した天皇はだれですか。
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答え:桓武天皇
桓武天皇は、奈良の寺院勢力が政治に口を出すのをきらい、寺院を新しい都に移すことを認めなかった。
基礎天皇が幼いときに、天皇に代わって政治を行う役職を( )という。
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答え:摂政
藤原良房は9世紀半ばに、皇族以外で初めて摂政になった。
基礎天皇が成人してから、天皇を補佐して政治を行う役職を( )という。
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答え:関白
9世紀後半、藤原基経が初めて関白になった。のちに豊臣秀吉もこの関白に就いている。
基礎遣唐使の停止後に栄えた、日本の風土や生活に合った貴族の文化を( )という。
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答え:国風文化
唐の文化を土台にしながら、日本人の感覚に合うように工夫された。かな文字の発達が大きな特徴である。
基礎漢字をもとにしてつくられた、日本独自の文字をまとめて( )という。
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答え:かな文字
ひらがなは漢字の草書体をくずして、カタカナは漢字の一部を取ってつくられた。
基礎地方の豪族や有力な農民が、土地を守るために武装して生まれた人々を( )という。
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答え:武士
武士は一族や家来を率いて武士団をつくった。都では貴族の警備や犯罪の取りしまりにもあたった。
基礎939年、関東地方で反乱を起こし、自ら「新皇」と名乗った人物はだれですか。
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答え:平将門
将門の乱は、関東の武士である平貞盛や藤原秀郷らによってしずめられた。
GoRoute+ では、この単元の基礎・標準・応用の問題を解くと、まちがえた問題が「間違いノート」に残り、テストの日から逆算した毎日の学習ルートに組み込まれます。
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