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中1 社会(歴史)「縄文・弥生・古墳時代」の問題・一問一答
定期テストや高校入試によく出る内容を、オリジナルの問題で練習できます。下の問題は「答えと解説を見る」を押すと答えが出ます。
- 旧石器・縄文時代のくらし
- 弥生時代のくらしと邪馬台国
- 古墳時代と大和政権
問題の例(14問)
基礎縄文時代の人々が暮らした、地面を掘り下げて柱を立て、屋根をかけた住まいを( )という。
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答え:竪穴住居
縄文時代から古墳時代ごろまで、長く一般の人々の住まいだった。
基礎1世紀中ごろ、後漢の皇帝に使いを送り、「漢委奴国王」と刻まれた金印をさずけられたとされる九州北部の国はどこですか。
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答え:奴国
金印は江戸時代に福岡県の志賀島で見つかった。
基礎円形と方形を組み合わせた鍵穴のような形で、大王や有力な豪族の墓に多い古墳を( )という。
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答え:前方後円墳
日本最大の古墳である大阪府の大仙古墳もこの形である。
標準埼玉県と熊本県の古墳から、同じ「ワカタケル大王」の名が記された鉄剣・鉄刀が見つかりました。このことから、5世紀ごろ関東から九州まで勢力を広げていたとわかる政権は何ですか。
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答え:大和政権
大王を中心に、近畿地方の豪族が連合してつくった政権である。
標準弥生時代に大陸から伝わった金属器のうち、銅鐸・銅剣・銅矛などの( )は、主に祭りの道具として使われた。
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答え:青銅器
実用の武器や農具・工具には、よりかたい鉄器が使われた。
標準縄文土器と比べて、高い温度で焼かれたためにうすくてかたく、赤褐色のものが多い土器は何ですか。
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答え:弥生土器
東京の弥生町で初めて見つかったことからこの名がついた。
応用弥生時代に、人々の間に貧富の差や身分の差が生まれるきっかけになった、長くたくわえることのできる食料は何ですか。
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答え:米
たくわえた米や土地・水をめぐって争いが起こり、むらをまとめる指導者が力をもった。
応用海から遠く離れた内陸で縄文時代の貝塚が見つかることから、当時の海面の高さは今と比べてどうだったと考えられますか。
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答え:今より高かった
氷河時代が終わって温暖化が進み、海が今より内陸まで入りこんでいた。
基礎縄文時代に、人々が住居を建ててまとまって暮らした集団(集落)を何といいますか。
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答え:むら
数軒から数十軒の住居が集まってできていた。
基礎縄文時代の人々が行ったとされる、死者の手足を折り曲げてほうむる葬り方を何といいますか。
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答え:屈葬
貝塚などから、このような形で葬られた人骨が見つかっている。
基礎卑弥呼は、中国の三国時代の国の一つである( )に使いを送った。
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答え:魏
中国は魏・呉・蜀の三国に分かれていた。
基礎卑弥呼が魏の皇帝から、金印などとともに100枚さずけられたと記されている青銅器は何ですか。
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答え:銅鏡
鏡は王の権威を示す大切な品だった。
基礎渡来人によって、中国の孔子の教えである( )も伝えられた。
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答え:儒教
親や目上の人を大切にすることなどを説く教えである。
基礎3世紀後半ごろから、王や豪族の墓として各地につくられた、土を高く盛り上げた大きな墓を( )という。
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答え:古墳
大きなものは、多くの人々を働かせてつくられた。
GoRoute+ では、この単元の基礎・標準・応用の問題を解くと、まちがえた問題が「間違いノート」に残り、テストの日から逆算した毎日の学習ルートに組み込まれます。
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