中3 社会(歴史)「第一次世界大戦と大正時代」無料学習プリント(答えつき)
学年・組 名前 点
- 民族や宗教の対立が激しく、列強の争いもからんで戦争が起こりやすかったバルカン半島は、「ヨーロッパの( )」とよばれた。
- 第一次世界大戦で新たに使われ、大きな被害をもたらした兵器の組み合わせを選びなさい。
ア 原子爆弾・戦車・ミサイル イ 弓矢・刀・鉄砲 ウ 戦車・飛行機・毒ガス エ 火縄銃・大砲・帆船 - 第一次世界大戦は、軍隊だけでなく、国民や経済、科学技術など国の力のすべてを注ぎこむ( )となった。
- 1915年、日本は中国に( )を示し、山東省のドイツの権益を日本が引きつぐことなど、その大部分を認めさせた。
- 1917年、ロシアで革命が起こって皇帝の政治がたおれ、やがて( )の指導のもとで、世界で最初の社会主義の政府が生まれた。
- ロシア革命の影響が広がるのをおそれた日本・アメリカなどが、1918年にロシアのシベリアへ軍隊を送ったことを何といいますか。
- 1919年、パリで開かれた講和会議で、連合国とドイツとの間に( )条約が結ばれた。
- 国際連盟の設立を提案した、アメリカ合衆国の大統領を選びなさい。
ア リンカン イ ワシントン ウ ルーズベルト エ ウィルソン - それぞれの民族が、自分たちのことを自分たちで決めるべきだという考えを( )といい、大戦後に東ヨーロッパで多くの国が独立した。
- 国際連盟の事務次長には、『武士道』を英語で書いたことでも知られる( )が選ばれた。
- 1915年に中国に二十一か条の要求を示したときの日本の首相はだれですか。
- 次のできごとを年代の古い順に並べたものを選びなさい。
A ロシア革命 B 二十一か条の要求 C サラエボ事件 D シベリア出兵
ア B→C→A→D イ C→B→D→A ウ C→B→A→D エ C→A→B→D - 1917年、ドイツの潜水艦による無差別な攻撃などをきっかけに、連合国側で参戦した国はどこですか。
- 総力戦となった第一次世界大戦中のヨーロッパのようすとして正しいものを選びなさい。
ア 各国は短期間で戦争を終わらせ、すぐに軍備を減らした イ 兵士として出征した男性に代わり、女性が工場などで働いた ウ 戦場は植民地だけで、本国の生活は変わらなかった エ 軍隊だけが戦い、国民の生活には影響がなかった - ロシア革命で、労働者や兵士の代表によってつくられ、革命の中心となった会議を何といいますか。
- 革命後のロシアは、1918年にある国と単独で講和を結び、第一次世界大戦から離れた。その相手国はどこですか。
- 国際連盟について述べた文として正しいものを選びなさい。
ア アメリカとソ連を中心に、発足時からすべての大国が加盟した イ 議決は多数決で、軍隊を送って侵略をやめさせることができた ウ 本部はアメリカのニューヨークに置かれた エ 議決は全会一致を原則とし、武力による制裁はできなかった - ワイマール憲法で世界で初めて定められた、人間らしい生活を国に保障させる権利を何といいますか。
- 民族自決の考えにもとづいて、第一次世界大戦後に独立した国を選びなさい。
ア ベトナム イ 朝鮮 ウ ポーランド エ インド - 国際連盟で、日本がイギリス・フランス・イタリアとともについた、連盟を動かす中心となる地位を何といいますか。
答えと解説
- 火薬庫 小さな火種でも大爆発しかねない状態をたとえた言葉。スラブ民族を支援するロシアと、勢力をのばしたいオーストリアが対立していた。
- ウ 潜水艦も本格的に使われた。原子爆弾は第二次世界大戦の末期に初めて使われた。
- 総力戦 戦場に行った男性に代わって女性が工場で働き、食料や物資は配給制になった国もある。
- 二十一か条の要求 大隈重信内閣が袁世凱の政府に示した。中国では、要求を受け入れた5月9日が「国恥記念日」とされた。
- レーニン 労働者や兵士の代表会議(ソビエト)に権力を集め、土地や工場を国のものにする政策を進めた。
- シベリア出兵 日本は最も多い兵を送り、他の国が引きあげたあとも1922年まで兵をとどめたため、国内外から批判された。
- ベルサイユ パリ郊外のベルサイユ宮殿で調印された。ドイツは植民地をすべて失い、軍備も制限された。
- エ ウィルソンは1918年に「十四か条の平和原則」を発表し、国際平和機構の設立や民族自決を唱えた。
- 民族自決 ポーランド・チェコスロバキア・ハンガリーなどが独立した。しかし、アジアやアフリカの植民地には適用されなかった。
- 新渡戸稲造 新渡戸稲造は教育者としても活躍した。かつての五千円札の肖像にもなった。
- 大隈重信 大隈重信は2度目の内閣で第一次世界大戦に参戦した。立憲改進党をつくり、東京専門学校(今の早稲田大学)を創立した人物でもある。
- ウ サラエボ事件(1914年)→二十一か条の要求(1915年)→ロシア革命(1917年)→シベリア出兵(1918年)。
- アメリカ 豊かな国力をもつアメリカの参戦で、連合国側が有利になった。1918年11月、ドイツは降伏した。
- イ 戦争は4年あまり続き、約1000万人の兵士が亡くなったといわれる。女性の社会進出は戦後の女性参政権につながった。
- ソビエト ソビエトはロシア語で「会議・評議会」の意味。のちのソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)の名前にもなった。
- ドイツ ロシアが戦争をやめたことで、ドイツは西部の戦線に力を集中した。この単独講和も、連合国がシベリアに出兵する理由の一つになった。
- エ 全会一致では一国でも反対すると決められない。経済制裁はできたが、効き目は弱かった。
- 社会権 日本国憲法の第25条(生存権)も、この考えを受けついでいる。
- ウ ポーランドはロシア・ドイツ・オーストリアに分割されていたが、大戦後に独立を回復した。アジアの植民地は独立できなかった。
- 常任理事国 日本は大戦の戦勝国として「五大国」の一つに数えられ、国際的な地位が高まった。